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東京高等裁判所 平成11年(ネ)1569号 判決

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成七年七月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二事案の概要等

事案の概要等は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要等」「第三 争点及び当事者の主張」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決書五頁九行目の「在監者」の次に「又は護送中の在監者」を加え、同一四頁六行目の「右行為を」を「右行為に後記一一七頁四行目から同八行目にかけて認定する同日午前七時六分ころの言辞を含めて」に改め、同一五頁三行目の「という。」の次に「ただし、言動の詳細は後記一一八頁四行目冒頭から同一一行目末尾までに認定するとおりである。」を加え、同三一頁六行目の「固定せさる」を「固定させる」に改める。

二  控訴人の当審における主張

1  カルテの記載と動静記録について(原判決の事実誤認)

カルテには、平成七年四月一四日(以下、平成七年中の出来事は原則として年の記載を省略して月日のみで記載する。)の欄に「腸が痛いといふ 前后の手錠の為である」とあるほか、同月一八日の欄には左手の浮腫の記載に続いて「知覚なし⇒血行障害、と思われる」、五月九日の欄に「(腹部)と対側裏に円形の落屑を伴う赤色斑 昼間チクチク、寝るとかゆみ感がある。接触皮膚炎」との趣旨が記載されており、これらの記載は控訴人の主張を裏付けるものである。

また出所者に関する記録はその身分帳簿と一体(一綴り)のものとして保管されるから、カルテと動静記録とは一冊にまとめられた状態で保管されているはずであるのに、乙第二五号証の一、二の動静記録だけが黄ばんでいないのはこれが後日偽造されたことを強く疑わせる。

2  予備的主張

(一) 長期にわたる革手錠・犬喰い状態の放置

横浜刑務所当局は、食事の際に革手錠を緩めたり介護をすることをせず、控訴人が犬喰い状態になることを承知しながら長期間放置した。これは控訴人に無用な苦痛を与え、人間の尊厳を著しく害する行為であって、裁量の範囲を逸脱して違法である。

(二) 懲罰の異常な重さ

軽屏禁五〇日という懲罰は異常に重く過酷なものであり違法である。

3  予備的請求(請求原因の追加)

仮に主位的請求が認められず敗訴するとすれば、それは被控訴人(横浜刑務所当局)が次のとおり国際人権規約七条に定める拷問並びに非人道的な・品位を傷つける取扱いについて実効的な救済を受ける権利を侵害したことによるものであり、控訴人は主位的請求と同額の損害を受けた。

(一) 控訴人は四月一三日に弁護士名簿の閲覧を願い出て翌一四日に許可されたが、横浜刑務所当局は控訴人が弁護士との連絡を取るのを極端に嫌い、保護房収容が解除された同月二〇日には閲覧させず、同月二五日になってこれを閲覧させた。右行為は国際人権規約七条、一〇条に違反する。

(二) 横浜刑務所当局は同月二六日には控訴人が発信した甲第二号証の一、二の手紙の検閲により控訴人が同月一四日と二一日のことを問題にして弁護士に依頼しようとしていることを知ったのであるから、その時点で事情を調査して真相を究明する義務があったのに、これをしなかったばかりか事実の究明を妨げる行為をした。

(三) 横浜刑務所当局は控訴人のもとに幹部刑務官を差し向け、弁護士選任を断念すればその見返りを考慮する旨示唆して控訴人に訴訟の提起を断念させる働きかけを行った。これは国際人権規約七条、一〇条に違反する。

(四) 控訴人訴訟代理人の田鎖弁護士は、事前に通知した上五月三一日控訴人と面会しようとしたが、横浜刑務所当局は控訴人が懲罰中であることを理由として面会をさせなかった。田鎖弁護士は右懲罰の相当性に関して控訴人と相談するために面会を求めたのであり、そのことは横浜刑務所当局も承知していたのであるから、右面会の拒否は悪質な立証妨害というほかなく、重大な人権侵害である。

(五) 被控訴人は本件訴訟において当初看守をカタカナの符合で表示して氏名を秘匿したが、これは行為者の特定と証人尋問申請等を妨害することを意図した違法な立証妨害である。具体的には山本隆芳の例を挙げることができる。

4  立証責任について

看守による拘禁施設内の暴行等を理由とする国家賠償訴訟において違法行為を立証することはきわめて困難であるから、被害者の側で身体の外傷の存在等一定の立証をした場合にはその傷害の成因について拘禁施設の側で合理的な立証をすべきであり、これがされないときは被害者側の主張事実が真実であると認められるべきである。

5  革手錠の使用実態等

近時の調査によれば、保護房への収容と革手錠の使用数は激減し、革手錠の装着方法は片手前・片手後ろから両手前に変わってきている。横浜刑務所で平成一一年に「暴行・傷害のおそれ」により保護房に収容された事例ではほとんど革手錠が併用されていない。また平成一一年一一月一日には従前の革手錠の使用方法に対する深刻な反省の下に新たな通達が発せられ、戒具の使用について警察比例の原則(目的達成のための最小限の規制)が強調されている。これらの事実をみても従前の革手錠の使用実態、すなわち控訴人に対する革手錠の使用が違法であることは明らかである。

三  被控訴人の反論

1  控訴人の主張1、2はいずれも争う。

2  同3の主張は次に述べるとおり失当である。

(一) まず立証妨害等により主位的請求原因が認定されず敗訴したとして損害賠償請求するためには、立証妨害がなければ主位的請求原因が認定される場合でなければならないから、そのような場合に当たらない本件では控訴人の予備的請求は理由がない。

(二) 弁護士名簿の閲覧が遅延したのは控訴人が保護房に収容された結果であり控訴人の責めに帰すべきものである。また控訴人主張の日の事実関係は目撃者がいて明らかである上、取調べ及び懲罰審査においても十分事情を聴取している。

(三) 横浜刑務所分類統括矯正処遇官が五月一〇日控訴人に面接した事実はあるが、控訴人主張のような発言をしたことはない。右面接は控訴人の異常な行動の原因を探り分析調査して適正な処遇を図る目的で行ったものである。

(四) 軽屏禁の懲罰を受けている者であっても、訴訟関係書類を所持、作成すること等は許しており、手紙による打ち合わせや訴訟を提起することも可能である。その上田鎖弁護士が面会を求めた時点では控訴人は同弁護士に訴訟の委任をしていなかったから、これらの事情を総合考慮し、その時点で懲罰の執行を停止してまで面会をさせなければならない事情はないと判断して面会を不許可とした。

(五) 公安職員である刑務官の職務内容に照らし、その氏名を開示すると私生活における本人及び家族の身体上の危険や施設の管理運営上の支障等が認められるため、不必要な開示はしていない。

第三証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

第四当裁判所の判断

一  平成七年四月一一日以前の控訴人の収容状況等

当事者間に争いがない事実等、甲第一号証、第二号証、第五号証、第九号証の各一、二、第二二号証の一、乙第七号証、第二四号証の二、第二七号証及び控訴人本人の供述によると、次のとおり認めることができる。

1  控訴人は覚せい剤取締法違反の罪で懲役五年六月に処せられ、平成三年一二月六日東京拘置所から横浜刑務所に移送された。過去七、八回の受刑歴があり、そのうち保護房に収容されたのは府中刑務所在監中の一回と横浜刑務所在監中の六回(本件の三回を含む。)の合計七回あり、懲罰は府中刑務所在監中に七回受け(未決勾留中の二回を含み、そのうち六回は七日から四〇日間の軽屏禁である。また懲罰の理由は物品不正所持、不正申告、通声、けんか、指示違反(作業中の脇見)、暴行等、騒音・暴行・器物損壊とされている。)、横浜刑務所でも後記のとおり四月一一日以前に八回の懲罰を受けている。

2  控訴人は平成四年六月二五日第四工場で就業中に他の受刑者と争論をしたことで規律違反に問われ、軽屏禁一〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受けた(横浜刑務所で最初の懲罰)。次いで控訴人は同年一〇月三日同房の受刑者とつかみ合いのけんかをしたため駆けつけた職員に制圧され、興奮状態が激しかったことから革手錠を装着(右手前左手後ろ・金属手錠併用)されて保護房に収容され、同月二一日軽屏禁二五日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受けた(二回目の懲罰)。更に控訴人は右懲罰執行中の同年一一月二日職員に向かって暴言を吐いたことで同年一二月八日に軽屏禁三〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受けている(三回目の懲罰)。

なお、控訴人は同年一〇月三日のけんかの件で保護房に収容された際看守から暴行を受けて負傷したとして弁護士への依頼を決意し、同年一一月一八日ころ作成した手紙でそのことを屋敷美千子に依頼している(甲第一一号証の一、二。しかし、その後控訴人が弁護士に依頼したか否かは証拠上明らかではない。)。そして右手紙において控訴人は、「今回の懲罰だけは私には本当に納得が行きません。以前にもいろいろ有ったのですが、私の方にも多少の非は認め我慢をして来たのですが次から次へとこう言う事態が生じるのでは私としても人間不信に落入ってしまいます。」と記載して横浜刑務所の対応について不満を述べている。

右のような懲罰を受けたこともあって、控訴人は、協調性や抑制力に問題があるとして三回目の懲罰の執行が終了した日の翌日(平成五年一月一二日)から昼夜間独居拘禁に付された。

3  平成五年一〇月二〇日、控訴人は数日前に面会に来た母親の話から妻が離婚届を出したのを知ったことや前日に法務大臣に対する情願(横浜刑務所の職員による暴行に関するもの)が棄却された旨の通知を受けたことから精神的に不安定で抑制力が乏しい状態にあり、早朝から職員に暴言を吐いて取調べのため独居拘禁に付されていたが、その後居房内で突発的に前記器物損壊と自傷行為をした(甲第二二号証の一、控訴人本人の供述)。控訴人は右違反行為(暴言、器物損壊及び自傷行為)により同年一一月八日軽屏禁四〇日(文書図画閲読禁止併科)及び作業賞与金の計算高二〇〇〇円減削の懲罰を受ける(四回目の懲罰)とともに、右器物損壊について起訴され平成六年一一月二九日横浜地方裁判所で懲役三月に処せられた(そのため当初は平成七年六月に満期出所する予定であったものが同年九月一九日(証人村尾守康)まで三か月延びることになった。)。

4  右懲罰は平成五年一一月九日から同年一二月一八日まで執行されたが、控訴人はその間職員に反抗したことから更に規律違反に問われ、同年一二月二七日軽屏禁三〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受け(五回目の懲罰)、平成六年一月一四日には懲罰執行中に職員に反抗したとして制圧され、革手錠を装着され保護房に収容されている。同月二一日には職員に粗暴な言辞をし、そのため同年二月一五日軽屏禁三〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受け(六回目の懲罰)、同年六月五日にも職員に抗弁したため、同月一〇日軽屏禁二〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受けている(七回目の懲罰)。

5  控訴人は平成六年一二月二八日に昼夜間独居拘禁を解かれ第五工場に出業することになったが、翌二九日の出業時に職員の指示に従わなかったことから規律違反に問われ、平成七年一月一〇日軽屏禁一〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰を受けた(八回目の懲罰)。

控訴人は同月一九日懲罰の執行が終了した後再び昼夜間独居拘禁に付されていたが、同年二月二三日これを解かれて第七工場に出業した。

二  平成七年四月一四日の保護房収容に至る経緯と収容中の控訴人の動静等

この点に関する当裁判所の認定と判断は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 当裁判所の判断」「二 平成七年四月一四日の原告に対する職員らによる有形力の行使、戒具の使用及び保護房拘禁」に記載のとおりであるから、これを引用する(なお、甲第一六号証の一、二の手紙は匿名の手紙であって誰がどのような目的で作成したか明らかでなく、記載された内容の真偽も不明であるから、採用の限りではない。)。

1  原判決書四〇頁一行目冒頭から同九行目末尾までを次のとおり改める。

「(1)  午前八時三〇分ころ、職員である法務事務官看守部長辻敦士(以下「辻」という。)は第一行為及び第二行為を取り調べるため控訴人の居房のある第三舎に赴き、担当の職員に控訴人を調室に連れてくるよう指示した。しかし、控訴人は右職員と押し問答をしてその指示に従わなかったため、その様子を聞知した辻は控訴人の居房に赴き控訴人に舎房から出るよう促した。これに対し控訴人は「行かない。取調べには行かない。言ってあるから行かない。」などと言ってこれを拒み、取調べに応じないと情状が悪くなるおそれがあること等を述べて取調べに応じるよう説得する辻の言葉に耳を貸さず次第に興奮して取調べに応じることを頑なに拒み続けた(控訴人の右行為を以下「第三行為」という。)。」

2  同四一頁四行目冒頭から同五行目の「は、」までを「「連行を拒否した件について取調べの告知と事情聴取があるから出てきなさい。」などと再三にわたり指示したが、控訴人は語気荒く「話すことなんかねえよ。」などと頑強に申し立て、」に改め、同四二頁八行目の「俺は」の次に「第一回目の」を加え、同四三頁八行目の「にらみ付けた」から同一〇行目末尾までを「にらみ付け、右手拳を握りしめ左足を一歩踏み出して前田に殴りかかる気勢を示した(控訴人の右行為を以下「第五行為」という。)ため、」に、同四五頁五行目の「しかし」から同四六頁三行目末尾までを次のとおり改める。

「しかし、控訴人本人の供述によれば、控訴人が辻の指示を拒んで出房しなかった理由は第一回行為について取調べの告知を受けていなかったことのほか、取調べを受けても自分が思うとおりの調書を作成してもらえないと考えたためであるというのであり、第二回行為について取調べの告知を受けたことは自認しているのであるから、控訴人が取調べを拒否する合理的な理由は見いだせない。またこの時点で控訴人が辻と特に感情的な対立関係にあったと認めるに足りる証拠はなく、一般的には指示に反して出房を拒めば自らに不利益が及ぶおそれがあることは在監者であれば容易に理解できることであるから、この点でも控訴人のとった行動は合理的なものではない。こうした点に従前の懲罰の回数やその理由等を考え合わせてみると、控訴人の横浜刑務所当局ないしは職員に対する反発感情が背景にあり、そのため控訴人が些細なことを盾にとってことさら感情に走り、辻の説得を受け容れず出房を頑なに拒み続けたとみることができる。したがって、その後村尾が控訴人の居房に赴いて出房を指示した時点で控訴人が感情的でいわばふてくされた態度であった(乙第五号証、第一三号証)ということは、それまでの控訴人の対応からみて自然なものということができ、控訴人が村尾の指示に反発して前記認定のような反抗に及んだということも不自然な成り行きではなく、控訴人の直情的あるいは意地を張りやすいという性格(甲第二号証の一の手紙からもその片鱗をうかがうことができる。)もこれを助長したとみることができる。

また身振り手振りを交えて話しをすることは日常生活においてよく見られることでそれ自体として不可解な行動とはいえないが、強制的に連行された上連行に応じなかった理由を問い質されるという場面を考えると、その場で控訴人が感情的にならず、第一回行為について取調べの告知を受けていない旨を冷静に説明することができたとはにわかに思われない。前田から後頭部を押されて深く礼をするように強制されたため頭を外したところ足払いをかけられたとの点についても、前田のとった行動とその程度については争いがあり、当時の控訴人は感情的になっていて些細なことでも激しやすい状況にあったと考えられる上、単に頭をずらせて外したというだけでいきなり足払いをかけるということも通常は想定しがたいことからすると、この点の控訴人の主張は採用することができない。」

3  同四七頁一行目の「山本が原告の右上腕」を「山本が控訴人の左上腕」に改め、同四九頁一行目冒頭から同一〇行目末尾までを次のとおり改める。

「しかし、編上靴はかかとの厚い革でできた安全靴で革底のへりが少し突出しているものである(控訴人本人)とすれば、このような革製の靴で声を出すこともできないくらいに蹴られたり踏まれたりした場合には控訴人の身体に多少とも擦過痕や内出血が残り、その後も容易に我慢できない苦痛を伴うと思われるが、保護房収容後に医師の診察を受けた控訴人は単に「首を押さえ付けられた」と述べているだけで身体の痛みを訴えたりそのことで診察を受けた形跡はない(乙第二四号証の一、二)。

また控訴人本人は山本が控訴人の左背中に右膝を乗せ左足で首を押さえつけて体重をかけてきたように供述するが、そのような態勢は不安定で制圧の態勢としては相応しくないし、左足に大きな力をかけることも困難である。むしろ、控訴人の左背中に右膝を乗せている状態であれば両手又は片手を使用して控訴人の首を押さえつける方がより強力な力を加えることができ、控訴人の反抗を制圧する効果が高いと考えられる。これに加えて控訴人の医師に対する訴えも右のとおり単に「首を押さえ付けられた」というものにすぎなかったことを考えると、控訴人本人の右供述は容易に採用することができない。」

4  同五〇頁八行目の「(10)また、」を「<1>」に、同五一頁四行目冒頭から同五七頁二行目末尾までを次のとおりに、同三行目の「(11)」を「(10)」にそれぞれ改める。

「しかし、十分な呼吸ができないほどに革手錠のべルトで緊縛されたというのであればとても平静ではいられないから、控訴人は保護房拘禁後初めに訪れた医師福田修治(以下「福田医師」という。)にそのことを訴え、また医師がこれに容易に気づいて直ちに是正させたと考えられるが、そのような事実は認められない(乙第二四号証の一、二、弁論の全趣旨)。もっとも、控訴人はその日の午後三時に診察を受けた医務部長石川高嶺(以下「石川医師」という。)に「腸が痛い。」と訴えてベルトを緩めてほしい旨求めており、石川医師は「前后の手錠の為である」とカルテに記載していることが認められる(乙第五号証、第二四号証の一)から、そのことからすると石川医師は右手前左手後ろの状態で装着された革手錠がその原因であると一応の判断をしているようにもうかがわれる。しかし、同医師が控訴人のべルトを緩めるよう横浜刑務所の担当者に指示したことを認めるに足りる証拠はなく(乙第五号証には同医師が確認したところ特にきつく装着されている状態ではなかった旨記載されている。)、同医師が投与した薬剤も精神を鎮静化させる抗精神病薬であったことからすると、ベルトの緊縛の程度はさほどのものではなく控訴人の精神状態が鎮静化することで腸の痛みは治まると判断したものと推認することができる(なお、後記のとおり、その後控訴人の興奮の度合いが治まるにつれ、四月一七日には革手錠が両手前に変更され、四月一九日には戒具の使用が解除されており、状況に応じて戒具の使用の是非、方法がその都度検討されている。)。

また後記のとおり控訴人は保護房の中で扉に頭突きや体当たりをしたり大声を上げたりして暴れているが、十分な呼吸ができないほどに革手錠のべルトで緊縛された者がそのような行動をとることは通常考えることができない。

<2> 控訴人は、カルテ(乙第二四号証の一)の五月九日の欄に「円形の落屑を伴う赤色斑 昼間チクチク、寝るとかゆみ感がある。接触皮膚炎」との趣旨が記載されているのは、控訴人が四月一四日から同月一九日までの間革手錠を装着され続けたため腰が真っ赤になり表皮が剥げるような痛みを感じたことについての記載であると主張し、控訴人訴訟代理人松井清隆弁護士が八月二日に控訴人と接見した際には明確な受傷痕を確認できなかったものの腰骨の上のあたりにうっすらと黒ずんだ跡が認められた旨の同弁護士作成の接見報告書(甲第一二号証)を証拠として提出している。右炎症の部位からすると右カルテに記載のある腰部の赤色斑(接触皮膚炎)は革手錠との接触が原因をなしていると考えるのも理由のないことではないが、横浜刑務所医務部保健課長安藤薫は控訴人の赤色斑は急性期の炎症所見であり保護房収容中に生じたものではないとの趣旨を乙第三四号証の意見書で述べており、いずれともにわかに断定しがたい。

また革手錠のべルトは幅四・五センチメートルで革の内部に薄い金属板が埋め込まれている牛革製品であり、その重量は腕輪(大)を含めて一六〇〇グラムあり(腕輪が小さいものであったとしても一五六〇グラムある。)、材質的にも相当硬質なものである(前記事実及び当審における検証の結果)。このようなベルトを人体に装着した場合には、ことさら強く緊縛しなくとも装着された本人の行動と相俟ってベルトの一部が腹部や腰部に強く接触する(あるいはこすれる)ことが考えられるから、それらの部分に炎症が生じかゆみを覚えたとしてもこれをもって直ちにベルトが強く緊縛されていたと認定できるものではなく(控訴人が当審で提出している甲第三八号証の二の意見書はこの点において飛躍がある。)、後記のとおり控訴人が保護房内で興奮して扉に頭を打ち付けたり体当たりするなどして暴れたことがベルトと身体の接触や擦過を強め炎症の原因となったことも否定することができない。なお、身体に黒ずみが見られるのは一般的に皮膚疾患の治癒過程であり(乙第三四号証)、控訴人の主張を格別裏付ける根拠となるものではない。

以上によると、十分な呼吸もできないほど革手錠のべルトで緊縛された旨を述べる控訴人本人の供述は信用することができず、控訴人指摘の前記事実を考慮しても控訴人主張の右事実を認めることはできない。

<3> さらに控訴人は、金属手錠を控訴人の両手首に食い込ませて装着するという行為が行われたため両手首が腫れ上がったと主張し、四月一八日の医師による診察の際に左手に浮腫が確認されたことを有利に援用する。そしてカルテには控訴人の左手に血行障害のために生じたと思われる浮腫があり、知覚がないことが記載されており(乙第二四号証の一)、控訴人本人は金属手錠を装着された日の翌朝に左手が紫色に腫れ上がっているのを荒垣という職員に見せたところ、すぐに金属手錠を緩めてくれた旨供述している。

しかし、仮に職員らが金属手錠を控訴人の両手首に食い込ませるように装着したとすると控訴人の左手だけでなく右手にも浮腫ができると考えられるが、控訴人の右手には浮腫が生じていない。この点控訴人は金属手錠のロックが効かない状態であったので体の後方にあって体重のかかる左手の金属手錠のみが次第に締まっていった旨主張し、控訴人本人は保護房の金属手錠はロックが効かない状態であるなどと供述するが、金属手錠は装着後更に締まることがないよう固定する装置(以下「ロック」という。)が備わっており、装着後にロックして使用することが予定されている(当審における検証の結果)上、ロックせず装着した場合には手指部分に血行障害が起きて重大な結果をもたらす可能性があり、その場合には担当者の責任問題ともなるから、そのような危険な装着方法をとることはもちろん、ロックのきかない金属手錠を使用するというようなことも通常考えることができない。

また四月一五日朝の時点で控訴人本人が供述するように控訴人の左手が酷い状態であったとすれば、控訴人は職員に対し直ちに医師の診察を受けさせるよう求め、職員もこれに応じたと思われるのに、その時点で控訴人が右浮腫について医師の手当を受けたことを認めるに足りる証拠はない。もっとも動静記録(乙第二五号証の一)によると、四月一五日の午前八時一〇分ころ、職員が金属手錠を一時解除して両手首のサポーターを適正な位置に直したことがあり、その際に控訴人が手錠が痛い旨述べたことが認められる。しかし、右動静記録にはその時点で控訴人の左手に浮腫が生じていた旨の記載はなく、そのことで控訴人が医師の診察を受けていないことは前述のとおりであるから、控訴人本人の右供述は採用することができない。

そうすると、控訴人の左手の浮腫は四月一八日になって医師により確認されたことになるが、その発症部位に照らすと、その原因としては控訴人が左手を後ろの状態で長時間固定されたこと及び革手錠の腕輪と金属手錠を腕に装着されたことを考えることができ、ほかにその原因となる事実を認めるに足りる証拠はない。しかし、控訴人の左手の浮腫がいつの時点でどのように形成されたものかは証拠上明らかでなく、また控訴人は右手前左手後ろの状態で革手錠を装着されていたので就寝時等一定時間横臥して身体の重みが背部の左手に加わるようなときに腕輪や金属手錠が左手を圧迫して左手に傷を付けたり血行障害を起こしたということも十分考えられる上、控訴人は保護房内で興奮して扉に体当たりしたり金属手錠を手から無理に外そうと試みたりしたこと等(後記)が原因となったことも考えられるから、浮腫が生じているからといって直ちに職員らが金属手錠を控訴人の両手首に食い込ませる状態で装着したと結論づけることができるものではない。

以上に検討したところによると、職員らが金属手錠を控訴人の両手首に食い込ませる状態で装着したとの事実はこれを認めることができず、その旨をいう控訴人本人の供述は信用することができない。控訴人の右主張は失当である。」

5  同六〇頁一〇行目の「当時の」から同六一頁二行目末尾までを「右控訴人本人の供述は容易に採用することができない。」に、同六八頁一行目の「原告」から同二行目末尾までを「コピー用紙を使用することは定型の書式を印刷した用紙が不足した場合の措置として取り立てて不思議なことではないし(乙第三三号証)、乙第二九号証の一ないし三の記載内容と体裁からみてこれらの書面は村尾が四月一四日に作成したものであって同号証の四ないし九とは別の機会に作成されていると考えられるから、控訴人指摘の点を考慮しても右各書証が偽造されたものであると認めることはできない(乙第二九号証の一ないし三のうち、第二九号証の一の二枚目から四枚目の用紙には右端に「横浜刑務所」の記載がされていないが、二枚目から四枚目のみを後に作成されたとみるだけの根拠はない。)。」にそれぞれ改める。

6  ところで、控訴人は動静記録(乙第二五号証の一、二)がカルテと比較して黄ばんでいないことが不自然であり偽造したものであることが強く疑われる旨主張する。しかし、動静記録とカルテとが通常控訴人の身分帳簿と一体のものとしてまとめられた状態で保管されているとしても、右各用紙は別個の用途に使用されるものであるからそれぞれの印刷及び製造の時期は異なることが考えられる上、右各証拠の原本を検討するとそれぞれの紙質も同一ではないようにうかがわれるから、控訴人主張の黄ばみの相違をもって偽造の根拠とみることはできない。また右動静記録は基本的に同一の書式の用紙に担当者が日時に従って順次対象者の動静を記載するもので、原則として用紙の末尾まで書き終えると次の用紙を使用して同様の記載をするという方法で作成され、こうして出来上がった複数枚の用紙が控訴人の保護房拘禁中の動静記録として一つに綴られているものであるが、細かく見ると、用紙の左端の印刷文字が年月日欄だけのものと年月日欄及び「TV」の記載があるものとに区別することができ、更に後者については「TV」の文字が大きいものと小さいものとの二種類に区別でき、合計三種類の用紙が入り混じって使用されていることが認められるから、これらが全て同一の機会に作成されたとみるのは相当でない。そしてほかに右動静記録が偽造されたと認めるに足りる証拠はないから、控訴人の右主張(当審における補足主張を含む。)は採用することができない。

7  同七二頁四行目の「可能」から同九行目末尾までを「可能であると認められるところ、前記の控訴人の興奮状態に照らすと革手錠を両手前に装着する方法では不十分であると判断してこの方法を採らなかったことが裁量権を逸脱又は濫用したものであったとまでいうことはできない。」に、同七七頁一行目の「行動」から同行目末尾までを「行動があり、突発的に興奮して自傷行為をしたり房外に脱出しようと試みる可能性が十分」に、同六行目の「逃走を試みるおそれは減少したものの」を「精神的に落ち着きを取り戻してきたようにうかがわれるものの、これまでの経緯から控訴人の職員に対する不服と反発の感情は根強いものがあり」にそれぞれ改める。

三  平成七年四月二一日、同月二七日の保護房収容に至る経緯と収容中の控訴人の動静等

この点に関する当裁判所の認定と判断は、次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 当裁判所の判断」「三 平成七年四月二一日の原告の職員による有形力の行使、戒具の使用及び保護房拘禁」「四 平成七年四月二五日、翌二六日の経緯」「五 平成七年四月二七日の原告に対する職員による有形力の行使、戒具の使用及び保護房拘禁」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決書八一頁七行目の「第二五号証の二、」の次に「第二九号証の四ないし六、」を、同八二頁一行目の「対し」の次に「、これを無視して従わず、語気荒く」をそれぞれ加え、同八六頁二行目の「カルテ」から同八行目の「困難である」までを「現実に浮腫が生じていたのは左手のみであり、後記のとおり右浮腫は改善された状態にあったから、「休め」の動作がとれないほどに身体の痛みがあったとは思われず、また控訴人が身体の痛みを訴えて善処を願い出たことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、控訴人は前田に対する感情的な反発等から指示に従わず、再三指示されるに及んで感情的に激して前記のような行動に出たものと推認するのが相当であり、控訴人の右主張は採用することができない」に改め、同八八頁四行目の「主張するが、」の次に「控訴人は四月一四日の時にも激しく抵抗しており、今回に限って無抵抗に終止していたとは思われず、また」を加え、同九二頁一〇行目の「前頸部」を「前脛部」に、同九四頁一〇行目の「あったことも」を「あったことや四月一四日の保護房収容時及び同房収容中の動静を」に、同九七頁一行目及び同九行目の「逃走を」をいずれも「房外に脱出しようと」に、同一〇〇頁五行目の「発言」を「語気荒く発言」にそれぞれ改める。

2  同一〇一頁二行目の「第二五号証の三、」の次に「第二九号証の七ないし九、」を加え、同六行目の「上体を揺らしながら」を削り、同一〇二頁四行目の「釈放前寮前の通路」を「第二舎一階北側出入口前渡り廊下」に改め、同一〇五頁八行目の「死んでやる。」を削り、同一〇七頁三行目の「接触皮膚炎」から同五行目末尾までを「これが直ちにベルトの緊縛を推認させるものでないことは既に述べたとおりである。」に、同一一二頁五行目の「原告」から同七行目の「あったことも」までを「それ以前の控訴人の問題行動や保護房収容時の動静を」に、同一一四頁八行目及び同一一五頁一行目の「逃走を」をいずれも「房外に脱出しようと」にそれぞれ改める。

四  本件懲罰の適法性について

本件懲罰が適法であり控訴人の請求が理由がないことは、原判決書一二二頁一〇行目の「やにわに詰めより」を「前田をにらみ付け、両手拳を握りしめながら」に、同一二四頁五行目の「第三舎」から同七行目末尾までを「運動終了後に職員の指示」に、同一二五頁一行目の「、腰」から同二行目の「不正に」までを「運動を」に、同六行目の「第二舎」を「第二舎一階北側」に、同一二八頁七行目から八行目にかけての「一九項」を「一九項等」に、同一三〇頁九行目の「認められ」から同一三一頁三行目の「認められ」までを「認められるが、反面、前記認定事実、乙第二七号証及び控訴人本人の供述によると、控訴人は府中刑務所在監中に合計七回の懲罰を受け、横浜刑務所在監中にも本件懲罰を受ける前に八回の懲罰を受けていることが認められる。控訴人はこれまでの受刑経験から刑務所内の規律や生活にも慣れていたものと認められ」に、同六行目の「抱いていた」を「抱き、職員の指示に進んで従わず折に触れて不満の態度を示していた」にそれぞれ改めるほか、原判決「事実及び理由」中の「第四 当裁判所の判断」「六 本件懲罰について」「七」「八」に記載のとおりであるから、これを引用する。

五  控訴人の当審における主張について

1  控訴人は長期にわたる革手錠の装着と控訴人に犬喰い状態をさせていたことが控訴人に無用な苦痛を与え人間の尊厳を著しく害する行為であり、裁量の範囲を逸脱して違法であると主張する。しかし、前記のとおり、保護房に収容された控訴人は当初興奮して扉に体当たりするなど暴れていた上、職員に向かって大声で罵声を発するなど強い反発を示しており、職員に暴行を加えるおそれが現実のものとして認められたことからすると、このような状況の下で職員が食事や用便の際に革手錠を緩めたり介添えすることはかえって控訴人から暴行を受ける機会を招く結果となると考えられるから相当でなく、また控訴人が落ち着くにつれて革手錠の装着方法を右手前左手後ろから両手前に変更する(一回目は四月一七日に、二回目は四月二四日に、三回目は四月二九日にそれぞれ両手前に変更されている。)など順次軽減する措置を採っているのであるから、被控訴人の採った一連の措置に裁量の逸脱や濫用があるということはできない。

2  また控訴人は本件懲罰が異常に重く過酷なもので違法であると主張する。しかし、本件懲罰の対象となった行為の数と内容に加えて控訴人のそれ以前の懲罰歴を考えると重い懲罰が科されることはやむを得ないというべきであり、控訴人の右主張は採用することができない。

3  更に控訴人は、当審において請求原因を追加し、横浜刑務所当局(被控訴人)が国際人権規約七条に定める拷問並びに非人道的な・品位を傷つける取扱いについて実効的な救済を受ける権利を侵害した旨主張し、具体的には<1>弁護士名簿の閲覧の不当な遅延、<2>事実関係の調査の懈怠、<3>訴訟提起断念の働きかけ、<4>弁護士との面会の妨害、<5>看守の氏名秘匿による立証妨害の各事実を指摘する。

しかし、証人村尾守康の証言と弁論の全趣旨によると、横浜刑務所当局は控訴人から願い出を受けた翌日には弁護士名簿の閲覧を許可して閲覧させる手続をとっており、控訴人が保護房に収容されたため弁護士名簿を閲覧させなかったが右収容が解除された四月二六日にはこれを閲覧させていることが認められるから、控訴人が弁護士と連絡を取るのを妨害する目的で弁護士名簿の閲覧をさせなかったとみることはできず、他にそのように認めるに足りる証拠はない。したがって、弁護士名簿の閲覧遅延に関する控訴人の主張は失当である。

また横浜刑務所当局が甲第二号証の一、二の手紙の検閲により控訴人が同月一四日と二一日のことを問題にして弁護士に依頼しようとしていることを知ったとしても、右両日の事実関係については既に調査確認済みであり、保護房収容や戒具の使用についても所長に報告がされているのであるから、特に再調査を必要とする格別の事情が認められない限り、右のような控訴人の意向を知ったからといって当然に再調査しなければならないものではなく、右再調査をしなかったことが控訴人主張の実効的な救済を受ける権利を侵害したといえるものではない。そして横浜刑務所当局が事実の究明を妨げる行為をしたことを認めるに足りる証拠はない。

次に控訴人は横浜刑務所当局が幹部刑務官を差し向け控訴人に弁護士選任を断念するよう働きかけた旨主張し、控訴人本人はその旨を供述する。しかし、控訴人が控訴人訴訟代理人弁護士に宛てて差し出した五月一五日付けの手紙(甲第一号証の一)には右主張事実の記載はなく、被控訴人は、平成七年五月一〇日横浜刑務所分類統括矯正処遇官が控訴人と面接した目的は控訴人の異常な行動の原因を分析調査して適正な処遇を図ることにあり、その際控訴人主張のような発言をしたことはない旨反論している。また控訴人が四月二六日に屋敷美千子に宛てて差し出した手紙(甲第二号証の一)には依頼を予定する弁護士名が記載され控訴人の強い意向が看取される上、前記のような控訴人の性格とこれまでの横浜刑務所に対する反発ぶりを考えると、横浜刑務所側が控訴人主張のような働きかけをしてもまずもって功を奏しないであろうことは容易に理解することができるから、そのような状況の下で横浜刑務所側が控訴人主張のような無益な働きかけをしたとはにわかに考え難く、ほかに右控訴人主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、右控訴人本人の供述は信用できず、控訴人の右主張は採用することができない。

4  甲第一号証の一、二、第一三号証の一、二、第一四号証及び弁論の全趣旨によると、控訴人から事件の概要を記載し面会を要請する五月一五日付けの手紙を受領した控訴人訴訟代理人海渡雄一弁護士は、仕事の都合で自ら控訴人に面会することができなかったので田鎖麻衣子弁護士(以下「田鎖弁護士」という。)に控訴人との面会を依頼し、合わせて横浜刑務所に宛てて近日中に田鎖弁護士が調査等のため控訴人と面会に赴く旨を通知したこと、そこで田鎖弁護士は五月三一日横浜刑務所に赴いて控訴人と面会しようとしたが、横浜刑務所当局は控訴人が懲罰中であることを理由として控訴人と面会させなかったこと、この時点で右両弁護士はいずれも控訴人から受任していなかったことが認められる。

弁護士を選任することは基本的人権を擁護するための重要な手段であり、刑事被告人については弁護士を依頼する権利が憲法上保障されている。この観点からすると、弁護士選任の前提となる弁護士との面接(接見)についても基本的人権擁護の立場から尊重されるべきであり、これが不当に制限されるようなことがあってはならないといえるが、被疑者又は未決勾留中の被告人の場合と異なり、有罪の確定判決を受けた受刑者については、行刑目的及び刑務所内の規律維持等の観点から弁護士との接見が相当程度制約を受けることはやむを得ないといわなければならず、監獄法は四五条二項において「受刑者及ビ監置ニ処セラレタル者ニハ其親族ニ非サル者卜接見ヲ為サシムルコトヲ得ス但特ニ必要アリト認ムル場合ハ此限ニ在ラス」と規定し、弁護士との接見について格別の規定を設けていない。したがって、受刑者は時に必要があると認められる場合に限り例外的に親族以外の者との接見が許されるにすぎず、弁護士との接見といえどもその目的等に照らしてこれが特に必要であると認められるか否かを判断して許否が決せられるべきものである。そして右判断は、刑務所内の実情に詳しい刑務所長が、弁護士が受刑者に接見する必要性、緊急性の有無や、接見を許すことによって受刑者に教化上好ましくない影響を与えることあるいは刑務所内における規律秩序の維持にとって放置することのできない悪影響を及ぼすことが相当の蓋然性をもって予見されるかどうかという点について、刑務所内の実情を踏まえ専門的、技術的見地から総合的に判断するものであり、刑務所長の合理的な裁量に委ねられているものと解される。

前記のとおり田鎖弁護士は控訴人の要請に基づいて横浜刑務所内で看守が控訴人に暴行を加えたか否か等について調査するため接見に赴いたのであり、そのことは横浜刑務所当局も承知していたのであるから、横浜刑務所の職員の暴行等が問題とされているという特殊事情を考えるなら、控訴人との接見について特に配慮すべきであったと考えることもできる。しかし、その反面、控訴人はその時点で軽屏禁五〇日(文書図画閲読禁止併科)の懲罰執行中であり、軽屏禁が受罰者と他の拘禁者との接触を断ち、昼夜を通じて居房内に独居させ、他者と厳格に隔離して謹慎させる懲罰方法であることからすると、その執行を中断して面接をさせることの当否は慎重に判断されるべきものであったし、横浜刑務所では軽屏禁の懲罰を受けている者であっても訴訟関係書類を所持、作成すること等を許しており、懲罰中の受刑者が手紙により打ち合わせをしたり訴訟を提起することは可能であったこと(弁論の全趣旨)や、当時の田鎖弁護士はまだ控訴人から訴訟の委任を受けていなかったことを合わせてみると、その時点で懲罰の執行を停止してまで面会をさせなければならない事情はないと判断して面会を不許可とした所長の判断が合理的な根拠を欠き、著しく妥当性を欠いたとまでいうことはできないから、右不許可に裁量権の逸脱又は濫用があると認めることはできず、これが立証妨害の目的でされたと認めるに足りる証拠はない。したがって、この点の控訴人の主張は失当である。

5  控訴人は被控訴人が看守の氏名をカタカナの符合で表示して氏名を秘匿したことは行為者の特定と証人尋問申請等を妨害することを意図した違法な立証妨害である旨主張し、具体的には山本隆芳の氏名を秘匿した旨指摘する。

しかし、公安職員である刑務官の氏名を不用意に開示するときは当該職員及び家族の身体上の危険や施設の管理運営上の支障等が生じることが危惧されるから、一般的には被控訴人が職員である刑務官の氏名の不必要な開示を拒むことにはそれなりの合理的な理由があるから、右非開示をもって直ちに立証妨害に当たるということはできない。

次に甲第二三号証、第二七号証によると、控訴人は平成七年六月二八日前田某ほか二名(横浜刑務所処遇三部統括強制処遇官及び横浜刑務所懲罰事犯取調官の各一名)を氏名不詳のまま特別公務員暴行致傷罪で横浜地方検察庁に告訴したが、平成九年一二月一〇日不起訴となり同日付けの処分通知書により控訴人にその旨通知されたことが認められるところ、右告訴にかかる前田某が前田賢一を、横浜刑務所処遇三部統括強制処遇官が村尾を、横浜刑務所懲罰事犯取調官が山本をそれぞれ指すことは甲第二三号証及び本件審理の結果から明らかである。そして右事実に弁論の全趣旨を合わせると、原審で山本の証人尋問が実施された平成九年九月二一日の時点では控訴人に右不起訴通知がされておらず、また控訴人自身は別の刑事事件の被告人として勾留中で当日出頭することができなかったことから、控訴人訴訟代理人弁護士は山本が右告訴にかかる横浜刑務所懲罰事犯取調官であるとの認識を持たないまま尋問を行ったことが認められるから、右事実関係に照らすと、被控訴人は右告訴にかかる横浜刑務所懲罰事犯取調官が山本を指すことを承知していながらその事実を積極的に指摘していないことが推認される。しかし、被控訴人は横浜刑務所当局による調査結果により控訴人主張のような事実がなく山本についても控訴人が指摘するような事実は存在しなかったと判断して控訴人の主張を争っており、被控訴人の立場からは山本の氏名を自ら明らかにする必要性はなく、そのようにしなければならない義務も存しないから、被控訴人が山本の氏名を開示しなかったことが積極的な立証妨害の意図に基づく違法な行為であるとすることはできない(なお、控訴人は平成八年二月一四日付け準備書面(二)で被控訴人の準備書面にカタカナの符号で表示された看守全員の氏名を明らかにするよう釈明を求め、同年六月二四日付けの準備書面(四)で被控訴人の平成七年一二月七日付け準備書面及び乙第五号証中にカタカナの符号で表示された看守を具体的に指摘してその氏名を明らかにするよう釈明を求めているが、告訴にかかる横浜刑務所懲罰事犯取調官について訴訟手続上具体的に釈明を求めたことを認めるに足りる証拠はない。)。

以上のとおりであるから、被控訴人の立証妨害をいう控訴人の主張は採用することができない。

6  控訴人は、被害者の側で身体の外傷の存在等一定の立証をした場合には拘禁施設の側で傷害の成因について合理的な立証をしない限り被害者側の主張事実をもって真実と認めるべきであると主張する。しかし、前記のとおり控訴人の左手の浮腫の成因については疑義があり、控訴人自身の行為により生じた可能性があるのみならず、浮腫の存在が直ちに革手錠の装着を違法ならしめるものではないから、控訴人の主張事実は立証されていないといわなければならず、右のような場合についてまでなお被控訴人に右浮腫の成因について合理的な立証をすべき責任があるとの見解は当裁判所の採用するところではない。

また甲第四三号証によると、控訴人が主張するように近時保護房への収容と革手錠の使用数が激減し、革手錠の装着方法も従前の片手前・片手後ろを多用する扱いから両手前の方法によるものへと変化してきているように見受けられ、第四四、第四五号証によると、平成一一年一一月一日には新たな通達「戒具の使用及び保護房への収容について」(法務省矯保第三三二九号)が発せられ、戒具の使用及び保護房への収容について従前の通達を整備していることが認められるが、右新通達は従前の取扱いを大きく変えるものではないと解される上、革手錠の使用あるいは革手錠と保護房収容との併用の適否は個々の事例ごとに具体的に判断すべきものであるから、控訴人指摘の事実により控訴人に対する革手錠の使用が違法であるといい得るものではなく、控訴人の右主張は失当である。

第五結論

よって、控訴人の本訴請求は当審で追加された予備的請求原因にかかる請求を含めていずれも理由がなく、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 宮岡章 裁判官 田川直之)

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